大きな窓の前で図面を広げる取材風景
Dialogue 02 / After Living

いつも,少し違う場所にいる気分.

「大きな空の下の大屋根」住まい手との対話

House2026.09

牧場の仕事を息子たちへ渡していくことと,羊毛を扱う工房を持つこと.二つの思いから始まった家を訪ね,設計前に書いてもらった設計ノートと当時の図面をもう一度広げた.工房で実際に行われている作業,2階から見る朝の光,家族や牧場との距離,住んでから初めて分かった音のことまで.建てる前の言葉が,暮らしの中でどう変わったかを振り返った.

Dialogueは,完成した建築の感想を集めるだけのページではありません.設計前の言葉と,住んだ後に生まれた時間を照らし合わせながら,建築が暮らしの中でどう使われているかを,住まい手と設計者の双方から確かめる記録です.

※会話は内容を変えない範囲で,読みやすさのため一部整理しています.

Before / After

建てる前の言葉と,
暮らしてからの言葉.

Before / 建てる前

「羊毛を扱うスペース,工房がほしい」

After / 暮らしてから

染める,洗う,紡ぐ,休む.工房が日々の中でよく使われている.

Before / 建てる前

「2階から眺める景色を楽しみたい」

After / 暮らしてから

朝日が入る時間も,午後の少し暗い時間も好きになった.

Before / 建てる前

牧場を息子たちへ渡し,別の場所に住む.

After / 暮らしてから

仕事を離れ,自分たちの時間を持てるようになった.

01 / Beginning

仕事を渡すことと,
暮らしを離すこと.

設計ノートには,長男,次男が牧場へ戻る予定とともに,「親の私たちはここから出ていった方がいいと思い,別の場所に住宅を建てようと思いました」と記されていた.家を建てることは,息子世代へ仕事を渡し,夫婦の暮らしを牧場から少し離すことでもあった.

斉藤

改めて,どうしてこの場所に家を建てようと思ったのでしょう?

お施主様

息子二人が帰ってくるので,牧場経営を譲っていくのに,その場にずっといたらあまり良くないなと思ったんです.同居を避けることと,もう一つは羊飼いになりたかったこと.羊はもともとこの近くにいたので,ここに住宅がほしいと思っていました.

斉藤

家を建てることが,住まいを新しくするだけではなく,仕事と家族の関係を次の段階へ移すことでもあったんですね.

家を建てた理由と2階からの景色への希望を記した設計ノート
Design Note / Before construction

仕事,羊,風景.
三つの言葉から始まる.

設計ノートには,牧場を息子たちへ渡していくこと,羊毛を扱う工房がほしいこと,そして「可能であれば,2階リビングで上から眺める景色を楽しみたい」という希望が並んでいた.家族のこれからと,手を動かす時間と,この場所の風景.異なる要望を一つの建築へまとめることから設計が始まった.

02 / Workshop

片付けるためではなく,
続けるための工房.

斉藤

工房では,どんな作業をしたいと考えていましたか?

お施主様

羊毛を染めることと,水フェルトをやりたかったんです.水も使うし,場所も取るので,普通のキッチンでは食事をつくるたびに片付けなければならない.それが大変でした.羊毛の置き場も必要だったので,最初から工房付きの住宅を考えていました.

斉藤

暮らしの場所と作業の場所を分けることで,準備と片付けを毎回繰り返さず,作業を日常の中で続けられるようにしたかったんですね.

「片付けなくても,
作業を続けられる.」
羊毛加工のための長い作業台と二槽シンクを備えた工房
03 / View

デントコーンの上へ,暮らしを持ち上げる.

斉藤

現地を見た時,ここは2階リビングだなと思った記憶があります.畑に背の高いデントコーンが育つと,1階の大きな窓からは作物の壁しか見えなくなる.そこで工房を1階に置き,暮らしを2階へ持ち上げました.

お施主様

2階からの景色は,本当に気持ちいいです.前の家も周りは広かったけれど平屋だったので,高い位置から見ると全然違いますね.

斉藤

2階に生活に必要な場所をまとめたので,階段を上がったあとは平屋のように暮らせます.景色のために持ち上げながら,日常の動きはなるべく一つの階で完結させています.

広い空と畑の前に大屋根を架けた住宅の外観
04 / One roof

バルコニーまで,
一枚の屋根の中へ.

お施主様

途中で,ベランダがほしいとお願いしました.最初は屋根から外へ付けるような形を考えていたんですよね.

斉藤

大きな屋根に小さなバルコニーが飛び出すと,一枚の屋根で工房と住まいを包む印象が弱くなります.そこでバルコニーも屋根の輪郭の中へ収めました.いくつか案を比べましたが,今の形が一番この場所に合っていたと思います.

お施主様

やっぱり,屋根がバンと一枚で見える方がきれいでしたね.

工房と住居を別々の建物として並べず,長く大きな屋根で一つに包む.その屋根は,二つの用途をまとめながら,広い空と畑のスケールに応える建築の輪郭になった.

05 / After using

工房には,
想像しなかった余白が残った.

お施主様

二槽のシンクは,本当に良かったです.私は水の処理まで深く考えていなかったんですけど,二つに分けたことで作業効率がすごく良くなりました.

斉藤

洗浄や排水に使う槽と,作業に使う槽の役割を分けられます.業務用の厨房と同じ考え方ですが,染めや水フェルトにも合っていましたね.

お施主様

小さく床をつくったところも,最初は紡ぎをしたり,人が来た時に使ったりする程度に考えていました.今は帰ってきた娘の居場所になっています.全部を土間にしなくて良かった.作業に疲れた時に横になることもできます.

用途を細かく固定しなかった床は,作業場の休憩場所から,家族の一時的な居場所へ変わった.住んでから見つかった使い方が,工房を仕事だけの場所にしない.

図面を前に住まい手と設計当時を振り返る斉藤公平
06 / Stairs

明るい方へ,
階段を上っていく.

お施主様

上から下まで続く窓は,ホームページで見た別の家がきっかけで,いいなと思っていました.階段のところに付くとは考えていなかったんですけど,ここを上り下りする時は本当に楽しいです.

斉藤

2階リビングでは,階段の先に明るく広い場所があることを自然に感じられるようにしたいと思います.階段と吹抜けを一緒にして縦長の窓を置くと,明るい方へ視線が向き,地面から離れるにつれて風景も変わっていきます.

お施主様

毎日上がっていますが,今はもう何の苦もなく,無意識ですね.

工房から2階の主室へ光と視線を導く階段
07 / Route

雪に触れず,
薪ストーブまで運ぶ.

斉藤

裏玄関から土足のまま薪置場を通って,薪ストーブまで入れる動線は,最初から考えていました.薪ストーブを飾りではなく実際に使うなら,靴を何度も脱ぎ履きしないことが大切です.

お施主様

最初は外から近いところに扉があればいいと思っていたんです.ここから入ると聞いた時は「遠くない?」と思いました.でも家の中を平らに運ぶ分には何ともないし,雪や雨にも当たらない.外から直接入れていたら大変だったと思います.

斉藤

玄関とカーポートの位置も途中で反転しました.景色の抜けをつくることと,吹雪が正面から入らない向きを両立させています.

お施主様

玄関前はほとんど雪かきをしません.外から来る人より,まず自分たちが使いやすいことを優先して良かったです.

裏玄関から薪ストーブと階段へ続く工房の土間
08 / Comfort

薪ストーブの暖かさが,大屋根の下へ広がる.

斉藤

冬は実際に,どの暖房を使っていますか?

お施主様

ほとんど薪ストーブ一本です.補助の暖房も付けてもらいましたが,使ったことがありません.朝には火が消えていても,室温は19度くらい.寒いとは感じないですね.

斉藤

火力を上げすぎると暑くなりますが,燃やす量で直感的に調整できます.1階の工房と2階の住まいを完全に閉じず,吹抜けで気配と空気がつながっていることも,暖かさが全体へ回ることにつながっています.

09 / Simplicity

色を増やさず,
長く飽きない場所にする.

お施主様

壁はほとんど白ですよね.建てる時はいろいろ張り分けたくなったけれど,やらなくて本当に良かったと思います.シンプルで,飽きが来ない.キッチンもこれで良かったです.

斉藤

好きな色や床の感覚は反映しながら,色味や質感がぶつからないように整えました.白を基調にして,張り分けを増やしすぎない簡潔な空間にしています.

お施主様

家を建てる時は,いろいろやってみたい気持ちが出てくるんです.でも今は,シンプルが一番いいと思います.

畑の景色へ視線が広がる2階の主室
10 / Places

同じ主室にいながら,
離れる場所も持つ.

斉藤

家の中で一番長くいる場所はどこですか?

お施主様

キッチンの前の食卓ですね.コーヒーを飲んだり,テレビを見たり.夫もここにいたいんですけど,私に「うるさい」と言われると自分の部屋へ行きます(笑).

斉藤

夫婦が同じ広い場所で過ごしながら,必要な時にはそれぞれの個室へ退ける.寝室のテレビを付けるか悩む方もいますが,一人になれる逃げ場があることも,家の居心地には必要ですね.

広さは,一つの場所を大きく見せるためだけにあるのではない.食卓,ソファ,個室,工房の小さな床.いくつかの居場所を行き来できる余裕が,夫婦の距離をその時々に合わせている.

朝日と畑の風景を取り込む2階主室の大きな窓
11 / Time and view

明るい朝も,
少し暗い午後も好きになる.

斉藤

この家で,好きな時間帯はありますか?

お施主様

朝はここにいたいんですけど,仕事で暗いうちに出てしまうんです.朝日が入って,すごくきれいなんですよ.夫は毎日その時間を堪能していると思います.

お施主様

午後,直射が入らなくなって少し暗くなる時間も好きです.明るすぎず,今くらいの落ち着いた感じ.夜は周りが本当に真っ暗なので,カーテンもいりません.

お施主様

前の家から見ていた景色とは,全然違います.ここにいると,いつも少し違う場所にいる感じになれる.そこがいい気分なんです.

「いつも,少し違う場所に
いる気分になる.」
12 / After living

住んでから,
初めて分かったこと.

斉藤

「こうしておけばよかった」,あるいは想像と違ったところはありますか?

お施主様

想像できなかったのは,吹抜けの音の響きです.最初は「こんなに響くんだ」と思いました.今は家具やラグも入って慣れましたし,大きな支障ではありません.

斉藤

カーテンがなく,面の大きな空間なので音を吸うものが少ないんです.手すりや扉に吸音性のある素材を使う方法も考えられます.設計時には見えにくいことを,暮らした後の言葉から次へ返していく必要がありますね.

お施主様

収納も,あればあるだけ物が増えます.「多ければ多いほどいい」は違いますね.最初は余裕があったのに,今はもういっぱいです(笑).

音の響きは,住んでみて初めて気づいたことだった.収納も,量を増やせば暮らしやすくなるとは限らない.こうした実感を聞くことで,設計時には想像しきれなかったことと,実際の暮らしに合っていたことの両方が見えてくる.

設計ノートと図面をテーブルに広げた取材風景
13 / Distance

家を離したことで,
自分たちの時間が生まれた.

斉藤

この家へ移ったことで,息子さんたちや牧場との距離,日々の過ごし方は変わりましたか?

お施主様

大きく変わりました.すごく良くなったと思います.こっちへ来れば,息子たちは自分たちでやるしかない.私たちも,牧場の機械が動いているのを見て「今,何をやっているんだろう」と気にし続けなくていい.自分たちの時間ができました.

お施主様

年を取ってから新しい家に住むのは,身体も気持ちも楽です.古い家の修理や寒さをしばらく心配しなくていい.建てる時は,夫婦二人には大きすぎないかと何度も迷いましたけど,工房やそれぞれの居場所を考えると,これで良かったと思います.

斉藤

最後に,これから家を建てる人へ伝えるとしたら何でしょう?

お施主様

自分の思いばかりで決めないことだと思います.言いたいことは伝えながら,提案された時には,専門家の方が分かっていることもあると受け止める.後になって,あれが正解だったんだと分かることがあります.

「自分たちの時間が,できた.」
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